愛犬ハナは幸せだったか


12月になると、目や耳だけでなく、鼻も利かなくなって、
口先にある食物は食べるけれど、わずか数センチずれると、
好物が目の前にあっても見付けられなくなってしまう。


声を掛けても、全く無反応。
コミュニケーションの手段は、
撫でたり、抱いたりするボディータッチのみ。
尾は下に垂れたまま、11月以来、二度と振られることはなかった。


1月に入ると、それまで旺盛だった食欲が、減退する。
ときどき、食餌を残すようになる。
それでも、翌日にはペロリと完食した。


足腰は丈夫で、毎日散歩もするし、
内臓も健康で、排尿排便に異常がないため、
「ああ、このまま半年くらいは生きるだろう」
と思っていた。


それが、2月のある日、連続して2日餌を食べなかった。
それどころか、水も飲めない。
「猫用のサカナ缶なら!」と思って与えてみると、
大喜びで飛びつき、長い時間かけて食べようとしたにも関わらず、
全く食べられなかった。
どうやら、嚥下ができないらしい。


せめて水だけでも、とスポイトで与えたが、
ほんの少ししか受け付けない。
固く閉じられた口は、頑とした拒否を示していた。


  ああ、大自然が、この命を閉じようとしている――
  無私にそれを伝えるハナが、とても崇高に思えた。


ハナは、水が飲めなくなってなって10日後、
ものが食べられなくなって12日後に、息を引き取った。





亡くなったのは、3月1日日曜日午前1時。


死ぬ前の朝まで、庭を散歩し、透明できれいなオシッコをした。
不思議なことに、何か月もずっとうつむいたまま無表情だったのが、
死の当日だけは、しゃんと首を上げ、精気ある表情をしていた。


ただ確実に体力は落ち、体はフラフラで、
最後の半日はさすがに足腰が立たず、それでもどこかへ行こうとして、
はって動いた。


最期の夜も、寝床からはい出ていた。
それを、私が寝かせ直してやった時は、まだ通常どおりの息をしていた。


敷いてあったペットシーツを蹴散らして、畳の上に液状便が広がっていた。
それは、かつて無いことであり、
私は真っ青になり、その処理をするのに必死になった。
処理するのに2時間ほどかかり、その途中、
ハナの鼓動が止まっていることに気付いた。


2日後には、14歳の誕生日だった。